展覧会遠征 熊本編

 

 さて先の三連休は東北方面に乗り込んだところであるが、今度は南は九州へと遠征である。今回の主眼は温泉で休養・・・というか、私は未だに阿蘇を訪問していないのでそれを果たすことと、九州地区で唯一未視察のまま残る南阿蘇鉄道を視察するということが主目的である。

 

 日程は三連休にあわせてのものだったが、スケジュールをひねくり回しているとどうしても金曜の朝出発だと厳しいことが判明、結局はいろいろと考えた結果、前日の昼に出発することと相成った。当然ながらそれで問題が生じないように仕事関係は事前に万全の手配を施してからである。出発日が近づいてきたところでちょうど台風がやって来て気をもんだところであるが、「幸いにも東京方面にそれた」(東京のテレビ局的表現)おかげで、出発の当日は非常に気持ちの良い天候となった。

 

 博多まではひかりで移動する。これは九州定番の行動。レールスターの方がのぞみよりもシートが広い分疲れない。ウトウトしつつ(途中で子供がずっと泣いていたのがうるさかったが)数分遅れで博多に到着する。東京方面からののぞみが雨のせいで遅れているとかで途中で通過待ちをさせられたのだが、そのおかげで乗り換え時間がタイトである。しかもネット予約をしている九州新幹線の切符を受け取らないといけないのだが、そのための窓口がどこにあるやらさっぱり分からない。駅員をつかまえて聞いたところ、どうやら改札の外にあるらしい。全くもって不便極まりない。

   微妙に和のテイストな車内

 切符を入手してようやく飛び乗ったのは熊本行きの6両編成のさくら。以前にも何度か乗っているタイプの車両である。何となく和のテイストの車両であるが、車内放送がハングルと中国語まであるのが本土と違うところ。ただこうして両国の言葉を聞いていると、九州の方言というのはこれらの国の音声が微妙に混ざっているように感じる。

 博多を出た列車はまっすぐに山岳地帯に向かうとすぐにトンネルに入る。そして何本かトンネルをくぐったところが新鳥栖。やっぱり九州新幹線はトンネルが多いのは相変わらずのようである。新鳥栖駅は乗降もほとんどない小さな駅なのにホームが4線になっているのは、将来の長崎新幹線のためか? しかし本当に造るのか?

 新鳥栖から久留米まではいかにも佐賀らしい見渡す限りの平地(田んぼ)。久留米を過ぎると新大牟田の手前辺りから再び山の中になり、新玉名の周辺が若干開けてはいるものの、熊本まではまた山の中。どうも九州新幹線は「合理的」に造りすぎていて乗っていて楽しさがない。やはり効率と情緒は両立しないものである。

 熊本駅

 博多からあっという間に熊本に到着。確かに「効率的」ではある。以前に熊本に来た時には駅は工事中だったが、今は新幹線の駅が完成して在来線駅の西側に隣接している。ただ駅西部はまだ開発の途上のようだ。連絡通路で駅の東側に出ると路面電車でホテルを目指す。

 

 宿泊ホテルはドーミーイン熊本。チェックインするとまずは大浴場へ。自家源泉と言う天然温泉は単純アルカリ泉だが肌当たりがよくて気持ちの良いお湯。ゆったりとくつろぐにはやはり温泉が一番である。

 

 温泉に浸かって落ち着いたところで夕食のために町に繰り出す。熊本と言えば馬刺しかという頭はあったのだが、なぜか気分は馬刺しよりもトンカツ。そこでホテル近くのトンカツ屋「勝烈亭新市街本店」に出向くと「六白黒豚のロースカツ」「大海老フライ」を注文する。

 カツが厚切りなので調理時間がかかるとのことで、漬物や高菜をいただきながら時間をつぶす。しかしこれがなかなかうまい。これはなかなか期待できそうな雰囲気と思っていたら、ようやく料理が出てくる。一目見た途端に「しまった」という気分が起こる。料理が悪いわけではない。ボリュームを計算していなかった。私が予想していたよりもボリュームがある。どうも私は自分が以前よりは食事量がかなり減っていることを忘れているようである。

  

 ロースカツは肉質が良いカツの場合の典型的パターンで「脂がうまい」。こういう良い肉の時はあまり強いソースを使わないほうが良い。私の場合のベストバランスは和風ソースをごくわずかだけつけるというもの。脂の甘みを堪能することができる。またエビフライの方もなかなかのもの。赤出汁なども非常にうまい。結局は腹いっぱい堪能して支払いは3095円。まずまずのものである。

 

 夕食を終えるとしばし繁華街をプラプラ。夕方になってくるとTシャツ一枚ではやや肌寒い。この前に秋田に行った時は灼熱地獄だったのに、まさか熊本で寒さを感じるとは・・・。繁華街をプラプラしていたところで、そもそもは「美術館遠征」だったという本題を思い出し(笑)、夜まで営業している美術館を訪問する。

 


「小谷元彦展 幽体の知覚」 熊本市現代美術館で11/27まで

  

 写真や映像などを積極的に取り入れた作品を制作している現代彫刻家・小谷元彦の展覧会。

 その名の通り、第6感も含む知覚に訴えてくるような作品。中には少々グロ趣味を感じるものもある。面白かったのは流れ落ちる水の映像の中に入る作品。まるで自分が滝の中にいるかのような錯覚を催す。不思議なのは、なぜか彼の作品を見ると体を動かしたくなること。展示室の中央で怪しい太極拳のような動きをしているオッサンというのは端から見ると不気味な光景かもしれないが、なぜか体が勝手に感応してしまうのである。

 各作品がそれなりに工夫があり楽しめる仕掛けにはなっていた。もっともそれが芸術かどうかは難しいところだが。

 


 美術館の見学を終えるとコンビニに寄ってからホテルに戻る。ホテルに戻るとしばしテレビを見てまったり。NHKはオタクの巣窟である印象があるが、最近はどうも鉄オタ系番組が増えている。今日もローカル線クイズ番組で山口線を取り上げている。そう言えばまた津和野に行きたくなってきた。あそこは良いところだよな・・・。

 

 小腹が空いたのでドーミーイン名物の夜鳴きそばを食べに行くと、再び大浴場でまったりと入浴。この日はそのまま床に就いたのである。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は朝食も摂らずに早朝出発。だから今回は素泊まりプランにしている。ホテルにタクシーで駅まで送迎してもらうと、そこから宮地行きの普通列車に飛び乗る。これで阿蘇まで行く予定である。

  

 豊肥本線は以前にも乗車しているが、その時は九州横断特急で駆け抜けている。しかし今回は普通列車。となると非常に停車駅が多い。車両はディーゼルのキハ200の二両編成だが、この路線は肥後大津までは電化されている。実際、この辺りまでは熊本の市街地がギリギリ続いているイメージで、完全に通勤通学路線になっている。肥後大津を過ぎると共に沿線は山岳路線となって駅間も急に長くなる。立野の有名なスイッチバックで標高を稼ぐと、阿蘇駅はすぐそこである。天気が良いので阿蘇五岳がよく見える。

  

 阿蘇駅で下車すると、ここからレンタカーに乗り換える。これからはレンタカーによる移動の予定。阿蘇周辺で観光をしようと思うと車は不可欠である。実際、この地域ではとにかく「わ」ナンバー車を見ることが多い。九州の割引キャンペーンを使ってクラス指定で車を借りたのだが、出てきた車種はマーチ。正直なところウーンである。私は以前からマーチはオバちゃんの買い物車のイメージが強すぎて、今回の車の買い替えでも一番最初に候補からはずしたということもある。つまりはあまり好きでない車種。

 

 とりあえずまずは阿蘇山頂に向かうことにする。かなりの上り坂を進むことになるが、残念ながらやはりマーチは完全にパワー不足である。また交差点でブレーキを踏む度にアイドリングストップするのも鬱陶しい。運転しにくい車ではないが、運転していて面白くない車ではある。

 あり得ない光景が広がり始める

 急斜面の上に180度カーブもあるというワインディング道路をしばし走ると段々と辺りの風景が日本離れしたものになっている。考えてみると、この小さい国土に世界最大のカルデラ火山があるというのもおかしな話ではある。とにかくすべての規模が雄大。こういう壮大な景色を見ていると、下界のこまごました話など馬鹿らしくなってくるから不思議である。

 草千里を抜けて進む

 そのうちに目の前に広大な草原が広がるが、これが有名な草千里。ここでしばし風景を堪能したい気がするが、今は山頂に直行することにする。

山頂にたどり着くが無情にも通行止めの表示が。やむなく阿蘇神社に参拝。

  山頂の駐車場には既に多数の車が駐車していた。ここから火口までロープウェイか有料道路で向かうことになる・・・のだが、なんとガスの濃度が上がっているとのことで立ち入り禁止。また整備中のロープウェイの代わりのバスも運行停止中。何しろ活きているお山のことなので先のことはどうなるか分からない。やむなく阿蘇神社の参拝だけして引き返すことにする。なお阿蘇神社には縁結びの御利益があるとか。これで私も良縁に恵まれるか。

 阿蘇火山博物館

 山頂を下って草千里の駐車場に車を停めると、しばし風景を堪能してから火山博物館に入館する。博物館の展示自体はこれといって個性のあるものではなく、一番のメインは5面マルチスクリーンの映像か。

草千里のあり得ない光景

さらに外輪山方向はこれ

 博物館の見学を終えたところで時間をチェックすると、今から立野駅に急げば昼のトロッコ列車に間に合いそうである。そこで早々に草千里を後にすると立野駅を目指して車をとばす。阿蘇での予定は出たとこ勝負のつもりでトロッコ列車の予約はしていないので、時間に間に合っても当日販売の空席がないという可能性もある。どうなるか分からないがとにかくなるようになるしかない。非力なマーチを右に左に振りながらの運転になる。

 

 南阿蘇鉄道はそもそもは国鉄の高森線を引き継いだ第3セクター路線である。高森線は立野と高森を結ぶ路線だが、本来は高千穂線と結んで延岡までつながるはずだったのだが、高森から先の工事の最中にトンネルから異常出水して工事を中断、その後に国鉄の民営化で工事は完全に断念されてしまい高森線自身も廃止対象路線になってしまう。その後、高森線は第3セクターとして生き残ったが、同じく第3セクター化された高千穂鉄道が2005年の台風14号で甚大な被害を受け、再建の財力もないまま廃線となってしまったことから、この地と宮崎を結ぶという構想は永久に消滅してしまったのである。今では南阿蘇鉄道は地元の足としての役割と、阿蘇五岳を南から見られる風光明媚さを売りにした観光トロッコで生き残りを図っている。

 

 何とかトロッコ列車の発車時間に間に合うが、駐車場はギリギリ一杯、トロッコ列車もほぼ満員で私のチケットがギリギリ最後と、とにかくすべて紙一重のギリギリとなったがとりあえず良しである。

立野駅と南阿蘇鉄道トロッコ列車

 やがて出発時刻が来るが、列車は発車しない。どうやら2号車を借り切っていた団体が渋滞に捕まったようだ。もうこれ以上遅れたら発車するというギリギリのタイミングで団体のバスが飛び込んでくる。

 団体客は老人が多かったために乗り込みにやや時間を要してから、乗客を満載したトロッコ列車はようやくドッカンという感じで出発する。黒部峡谷トロッコなどと違って車両は広いのだが、その分乗客が多くてやはり詰め詰め。またとにかく路盤が悪いのかよく揺れるし、基本的にトロッコ列車の足回りは貨車並なので乗り心地に関しては最悪と言って良いもの。車両が揺れる度に硬いシートが尻に当たる。何しろ鉄道に対して弱いというつもりはない私が、途中で「これはもしかしたら酔うかも」と心配になったぐらい。

出発早々いきなり絶景ポイントにさしかかる

 列車は出発早々絶景ポイントにさしかかる。車内ではシャッターを切る音が聞こえる。しばしは山岳部を走るが、そのうちにトンネルを抜けると後は外輪山を南に、五岳を北に見ながら延々と田んぼの沿線を走行。美しくはあるが、やや単調な風景でもある。なおこの地域は非常に水が豊富なようで、あちこちに水源がある。

左 阿蘇五岳が見える  中央 日本で一番長い駅名  右 高森駅に到着

結局はソフトクリームを食べただけで帰ってくる。

 終点の高森までは1時間少し、終着の高森はいかにも観光地の駅と言う雰囲気だが、特に何があるわけでもないのでソフトクリームだけ食べると次の列車で折り返してくる。次の列車は新造らしきディーゼル車。やはり乗り心地はトロッコよりもこちらのほうが良い。また立野までは30分程度で到着。各駅停車なのにトロッコの半分ぐらいの時間と言うことは、やはりトロッコはかなりゆっくりと走っているようだ。

 

 立野駅に戻ってくると、駅前の売店で立野名物と言うニコニコ饅頭を購入。作りたてとのことでホカホカである。蒸し饅頭で小さなアンマン。なかなかにうまい。

  

 饅頭を腹に入れたところでもう一度阿蘇山頂に向かうことにする。山頂の様子を見たところ有料道路を車が進んでいるようなところから、今なら火口に行けるかもしれない。

  山上手前でこの惨状

 しかし草千里を抜けた辺りで道路は大渋滞となる。どうやら風向きの関係でガスの濃度が上がったとのことで、火口が急遽立ち入り禁止になってしまったらしい。山上駐車場に車を停めて、レストランで親子丼を食べつつ状況の変化を待つが、1時間ほど待っても状況の変化がなかったところで諦めて下山することにする。

することがないので停止中のロープウェイを見学・・・空しい
 

 山上への道路はとんでもないことになっていた。数キロに渡っての渋滞である。パトカーが出て通行禁止になっている旨の広報をしていたが、ここまで待ったドライバーも意地になっているのか動く様子はなし。私はそれを横目に見ながら先を急ぐ。

  道路はさらに大変なことに

 今日は菊池温泉に宿泊する予定にしている。しかしこのままホテルに直行では芸がない。とりあえず大観峰方面に抜けて、菊池渓谷経由で菊池温泉に向かうことにする。休日の阿蘇周辺は九州最大の渋滞名所と言われているが、まだ3時過ぎにもかかわらず既に周辺道路は渋滞し始めている。

 

外輪山からの光景

 大観峰方面ルートは運が悪いと渋滞でどうしようもなくなると聞いていたが、幸いにしてスムーズに道路は流れている。そのうちに道路は山道になってきて外輪山を登っていることが実感できるようになる。途中で車を停めて風景鑑賞などをするが非常に雄大。

菊池渓谷

  

 外輪山を越えると後は下りルート。菊池渓谷はその途中にある。有料駐車場に車を停めると徒歩で菊池渓谷を散策。しかしこれが半分山道の意外にしんどい道。一番長いルートを通ると1時間ぐらいを要するとのことなので、半分のルートで戻ってくる。

  菊池温泉

 ここから20分程度走ると菊池温泉。今日の宿泊予定ホテルは保慶館。例によってお一人様でも宿泊できるホテルという条件で検索した結果である。通された部屋はツインの洋室。なかなかに広々としている。

 

 部屋に荷物を置くと夕食の前に町内の散策に出ることにする。菊池には南朝方の有力者だった菊池武政が築いたとされる「菊池城」がある。そもそもは現在の菊池市自体がその菊池城の城下町の名残である。菊池城は市街を見下ろす小高い山の上にあり、麓には菊池武政の騎馬像が建てられている。菊池城があったという山はこちら側から見ると結構険しく、これを城郭にしたのならかなりの規模になりそうである。ただもう時間がないし、歩いて上がる気もしないので見学は明日にまわすことにする。

 

菊池城と菊池武政像

 町内を散策して帰ってくるとまずは温泉へ。浴場は内風呂が一つだけのいたってシンプルなものだが、アルカリ単純泉で源泉駆け流しと言う温泉はトロリとした肌触りが最高。ゆったりとくつろいで今日の疲れを癒す。そう言えば今日は車と列車に乗っていただけのつもりだったのだが、菊池渓谷の散策が効いたのか一万二千歩以上も歩いていた。

 

 入浴してからまったりとくつろいでいたら夕食の準備が出来たというので食堂に出向く。いつもは夕食は外に食べに行く私だが、今回は多分夕食を食べに行くのも面倒だろうと考えたのと、慰安色の強い遠征なんだからたまには旅館で贅沢に夕食も良かろうと夕食付きのプランにしている。

 

 料理が並べられた途端にその多彩さと豪華さに圧倒される。しかし本当にすごいのはすべてのメニューがことごとくうまいこと。それも半端ではない。小鉢の一品一品が非常にうまいし(本来は私の好みとは思えないメニューまで)、トマトとチーズに餅が入ったと言う変わり茶碗蒸しなども案に反して非常にうまい。頭からサクサクと食べられる山女。さらに鍋物は鳥のすき焼きだったがこれも抜群にうまかった。まさに期待以上というべき内容だった。たまには贅沢も良いものである。

食べるのに夢中で鍋の写真は撮ってなかった・・・。

  

 部屋に戻ると急激に眠気が襲ってきた。やはり今日一日体にかなりきつかった上、ここのところの疲労が一気に襲ってきた模様。かなり早かったのだが、ベッドで横になっているとそのまま寝てしまう。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝はかなりゆっくりした目覚め。朝一番に入浴に行くと朝食までしばしまったりする。朝食はシンプルながらもうまい和食。このホテルはやはり食事がうまい。朝食を済ませると9時ごろまでまったりしてからチェックアウトする。

  菊池神社

 ホテルをチェックアウトするとまずは菊池城の見学。菊池城のあった山上は現在は菊池公園となっているが、かなり広いスペースで運動公園などになっている。ただ遺構のようなものは全く見られない。菊池城の本城があった場所は現在の菊池神社の位置とのことだが、ここにも遺構らしきものはない。今となっては「城に適した地形」が残っているだけという状況か。

 

 菊池城の見学を終えると、後はひたすら車で突っ走ることになる。今日の目的地は人吉温泉。ただその途中で球泉洞に寄っていく予定である。この鍾乳洞は以前に人吉を訪れた時に気になってはいたのだが、車がないとアクセス不可能な場所(球泉洞駅が存在するが、現実にはそこからとても歩けたものではない)なためにそのままになっていたのである。ここを訪れるというのも今回の宿題の一つ。

 

 菊池から熊本市方面に向かうと、熊本ICから九州自動車道に乗る。八代ICで高速を降りると球磨川沿いに南下することになるが、マーチに搭載されていたクラリオンのカーナビの指示に従って運転していると、とんでもない道に誘導される。どうも阿蘇でも感じたのだが、このカーナビはやけにマニアックな道を選びたがる。

 

 路地をウネウネと走った後、ようやく球磨川沿いの人吉街道に出る。人吉街道は基本的に対面二車線だが道幅はそう広いわけではない。しかし通行量は意外に多く、大型トラックなども通行している。

  球泉洞

 途中で制限速度さえも出せない徐行専門運転手などに引っかかりつつも何とか球泉洞にたどり着く。球泉洞にはエジソン博物館もありセット券が販売されている。ついでだからそれを購入する。

 

 まずは球泉洞に入洞。鍾乳洞はかなり長い人工トンネルを抜けた先にある。意外に長い鍾乳洞だが、それ以上にアップダウンがかなりある。内部は階段を上がったり降りたりの繰り返しである。鍾乳石も諸々あるが、意外に地味である。

 エジソンミュージアム

 球泉洞の見学を終えると次はエジソンミュージアム。なぜここにエジソンなのかというのが疑問なのだが、ここは元々は森林館で森林関係の展示をしていたとのことなのだが、開館記念でエジソン関係の展示をしたのがきっかけでエジソン財団から資料を借り受けての展示をすることになったとか。蓄音機だとか電灯だとかいかにもエジソン絡みの品々が展示されていてエジソンに興味のある者なら楽しめそう。もっとも私の場合は偉人伝の類を余り好まない人間なので興味半分。それよりもここがすごいのは、崖にへばりついているような建築。対岸から見ると目眩のするような建物なのだが、残念ながら今回はその写真が撮れなかった。興味のある人は「エジソンミュージム 森林館」で画像検索して下さい。

 

 見るべきものを見終わると、とりあえず売店でうどんを腹に入れてから移動することにする。球泉洞から人吉までは車で20分程度で到着する。今日の宿泊予定のホテル朝陽館の駐車場に車を置くと、徒歩で人吉駅に向かう。実は人吉まで来たついでだからSL人吉に乗るつもりである。当初の計画では熊本からSL人吉で人吉入りを考えていたのだが、なんとSLの指定席券が発売即日完売で入手できなかったため、レンタカーで人吉入りにプランが全面変更になったのである。ところがその後、キャンセルでも出たのか人吉から熊本方面に向かうSLにはいくらかの空席が出たので、一旦人吉入りしてからSLで八代に向かい、八代から再び人吉に折り返すなどといった手の込んだことをする羽目になった次第。

駅北側の遺跡を見に行った時、たまたま転車台のSLを目撃
 

 SLがホームに入ってくるのは出発の20分前ぐらい。ホームに人が集まっていきなり盛り上がる。全員が携帯やカメラを構えてにわか鉄オタ部隊の出来上がりである。客車は三両で、展望車やラウンジなども備えた贅沢仕様。とことんまで観光用列車である。本日は全席満員御礼とのこと。

 

 ホームから手を振る人々に見送られてSLは出発。どこでもこの手の列車にはつきものだが、沿線の人々がことごとく手を振る。どころか球磨川をラフティングしている人たちまで手を振っている。

  大勢の歓呼の声に送られてSLは発車

左 一勝地駅で休憩  中央 一勝地駅舎  右 購入した栗饅頭と入場券

 停車駅は渡、一勝地、白石など。停車駅ごとにイベントがあったりなど盛り上げようとしている。一勝地では数分の停車があったので、この間に縁起もののお守りという一勝地駅の入場券を購入する。これで私もここ一番で一勝をということなんだが、私の人生を振り返ってみるとここまで負け続けなので、今更一勝だけしても大逆転は不可能なように思える。一勝地駅ではなく全勝地駅はないのか?

左 白石駅舎  中央 坂本駅舎  右 購入したこのしろ寿司
 

 白石駅では明治時代に建てられたという風情のある駅舎があるが、停車時間が近いために近寄れず。坂本駅の特産物販売でこのしろ寿司を夜食に購入する。

  八代で途中下車

 球磨川沿いを下ってきた列車も、いよいよ球磨川が河口に近づくと八代。SLは熊本までだが、私はここで途中下車して引き返すことにする。熊本まで行っていると遅くなりすぎだし、それに正直なところもう飽きたという気もあってそろそろ頃合いだとも思う。実のところ、下りのせいかSLにつきもののシュッシュッガターンという音が聞こえるわけでもなく、汽笛を鳴らすわけでもなく、乗り心地もあまりに普通の「遅い列車」なので乗っていても特別な感慨が湧かずに退屈していたというのが本音。やっぱりSLは実際に乗るよりも沿線から手を振る方が正解なのか? 今年は群馬でもSLに乗ったが、あっちの方がまだしも風情はあったような気がする(少なくともシュッシュッというのは聞こえていたが)。

  人吉駅に戻ってくる

 八代からはキハ31で引き返す。先ほど通ってきたルートを戻るだけだから退屈極まりない消化試合のような行動。どうしても気分が落ちてくる。こういう気分になるとつくづく自分は鉄道マニアではないと痛感する。実際、単に鉄道に乗っているだけだと全く楽しくないのだから。本来は熊本から人吉に向かうSLの切符が取れていたらこんな消化試合もなかったのだが・・・。

カラクリ時計

 

 SLよりは停車駅は多いのだが、ディーゼル車の方がSLよりも少ない所要時間で終点に到着する。ちょうど6時前だったので、とりあえず人吉駅前のカラクリ時計が作動するのを見学してから宿に向かう。

 

 宿に入ると風呂に行きたいところだがまずは夕食を先にする。人吉ではうなぎを食べることに決めている。向かったのは「しらいし」。人吉のウナギと言えば「うえむら」が有名だが、その「うえむら」のすぐそばのウナギ屋である。「うえむら」の評価が異常に高いが、人によってこの「しらいし」の方を高く評価する者もいるとのことで、今回それを確認してやろうという気もあってのもの。

 

 「特上うな丼(2800円)」を注文。ここのうなぎの上中並は単にうなぎの量だと聞いている。今日は昼食をまともに摂っていないのでガッツリ食いたい気分があっての注文。

   

 かなり待って(ウナギ屋はとかく待ち時間が長いものだ)ようやくうな丼が運ばれてくる。なおメニューには「特上うな丼(あんこ)」と書かれていたのだが、その意味はご飯の中にもうなぎが入っているという意味。香ばしく焼き上がっているうなぎは甘めの味付けで明らかに私好み。なるほど「うえむら」よりもこちらの方が美味しいという者がいるのも分かる。ただ「うえむら」のようなマニアックな味付けは感じず、もっと単純な印象。いわゆる秘伝の云々とかタレの妙味が云々という類の者なら「うえむら」の方を高く評価するだろう。ただ所詮は食べ物など好みの問題。私なら「しらいし」に軍配を上げる。

 

 食べ終わった頃には7時になっていたが、妙に店内がガラガラである。もしかしてこの店は人気ないのかな?と首をかしげていたら、外からドンドンドンと高射砲のような音が聞こえてくる。思わず空襲かと逃げようとした・・・なんて世代ではないが、何なんだと思いつつプラプラとコンビニに立ち寄りホテルの方向に帰っていると、浴衣を着た連中が大勢ゾロゾロと川の方に向かって歩いていっている。そしてまた例のドンドンドンという音が。これは状況的に可能性は一つしかない。私もコンビニの袋をぶら下げたまま川の方に向かう。

 

 どうやら人吉ではやや季節はずれの花火大会が開催されていた模様。私はそんなことは全く知らずにこの日に人吉にやって来たわけである。これも巡り合わせか。この花火大会、開催時間は1時間30分という長丁場なのだが、打ち上げの合間に「地域に貢献する○○株式会社は×××」という類のスポンサーの宣伝が延々とあり、そして最後に「○○株式会社様提供による×号花火○連発」という類の紹介をしてから打ち上げるので、打ち上げの間にやたらに時間のあるのんびりしたもの。「なんか間延びするなぁ」という声も近くから聞こえてきてたりする。もっとも次々と打ち上げると花火大会の時間が20分もかからなくなってしまう。

この程度の写真しか撮れないので諦めた
 

 私も最初のうちは持参していたクールピクスを花火モードに設定して写真なども撮っていたのだが、どうやってもまるで現代アートのようなイマイチの写真しかできないので、途中で写真を諦めて鑑賞に徹することにする。

 

 「人吉ビジネスホテル連合」とかの花火とか、中にはメッセージ花火なる「○○、LOVE」なんていう聞かさせる方がたまらないような花火などもありつつ、大会はクライマックスを迎える。最後はさすがに気合いの入った大玉連発。場内が一気にワーッとヒートアップして閉幕する。

 

 やや季節はずれの花火大会は少々肌寒くはあったが、おかげでやや落ちかけていた気持ちが再び持ち直したような気がする。人の世は理不尽と不公平と馬鹿らしさに満ちているが、だからといってそんなものと割り切って生きていくしかないのである。

 

 ホテルに帰るとタップリと入浴。ここの温泉は単純アルカリ泉だが肌にしっとりと来る抜群の泉質。これが大浴槽にダバダバと注ぎ込まれている。これに入浴するためにわざわざこのホテルに泊まりに来たようなものである。心から癒されるような気分になる。

 

 入浴を終えると、坂本で購入したこのしろ寿司を平らげ一息。かなり眠くなってきたところでさっさと床につく。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は6時過ぎにめざめると早速朝風呂。昨晩来た時には入浴客は皆無だったが、朝風呂には結構客が来ている。入浴を済ませて一息つくと、食堂の方で朝食にする。お約束な朝定食だが、これがなかなかにうまい。ああ、やっぱり日本人は和食だよな。

 

 8時過ぎにはチェックアウト。本当はもっとゆっくりしても良いんだが、今日は今日で予定がある。今日の計画は津奈木に行こうというもの。以前に肥薩おれんじ鉄道から見た津奈木の山の印象が強烈に残っているが、あの山上に「津奈木城」があると言うのである。

 

 津奈木へは人吉から山道を通って抜けることが出来る。最初のうちは人吉街道よりも幅が広いぐらいの道だが、カーナビに従っていると途中からとんでもない山道に誘導される。どうしてこのカーナビはこんなにマニアックな道が好きなんだ?

 とんでもない道を登らされる

 狭くて急な山道をマーチでグルグル走ること1時間以上、ようやく津奈木に到着する。まずは津奈木山上を目指すことにするが、登山路の入口が分からない。何度か往復した挙げ句にようやく見つけた入口は「マジでこれ?」と思うような狭いもの。道もとりあえずは舗装されているものの、対向車が来たら万事休すというほど狭い道だし、整備されていないのか草が伸び放題でジャングル化寸前。

左 一応案内看板は立っている  中央 それにしてもすごい岩山だ  右 ここが堀切跡らしい

看板に従って進んでみるが、途中からとてもではないが前進不可能になる。

 一応山上の駐車場に車を停めて、津奈木城本丸広場の表示がある道を進むが、途中は立派なクモの巣で何度も進行を妨げられる。そこらの木の枝を拾ってクモの巣を払いつつ果敢に先に進むが、やがて進行方向前方が完全に薮の中に沈んでいる状況を見て、これ以上の進行は不可能と断念する。

 

 津奈木城は下から見上げてもとんでもない断崖の難攻不落の城だったが、上に上がってみても難攻不落だった(笑)。クモの巣は一日で張るから仕方ないとしても、せめて薮ぐらい払っておいてもらいたいものだ。さすがに私はナタを持って山城見学に行くほどの気合いはないし、そもそもこんなご時世にナタなんて持ってウロウロしていたら警察にしょっ引かれる。

 

 津奈木城調査を断念して山を降りてくると(この間も、対向車が来ないことを祈りつつの運転である)、次の目的地としてつなぎ美術館を訪問することにする。

 


「今田淳子展 いのちのかたちと空間」つなぎ美術館で11/27まで

 

 生と死をテーマにした作品を作ってきた今田淳子氏の展覧会。彼女については私はよく知らないが、どうやら今まで死をテーマにした作品を多く手がけていたのだが、子供が出来たことを期にして生のテーマへの関心が出てきたとのこと。女性が出産を期にして体質だけでなく考えまで変わるというのはよくあるが、その類か。実際、3階に展示されていたのいかにも死を連想させるどんよりとした作品だったのに。1階に展示されていたのは子供やまた卵子と精子を連想させるような作品で対比が極端であった。 


 

 つなぎ美術館はただの美術館ではなく、ここにしかない特徴がある。それはなんとこの美術館から裏の山にモノレールが出ていること。中には美術館ではなくてこれが目当てで来る者もいるとか。私もとりあえずこれに乗ることにする。

モノレールがとにかくすごいところを登っていく

 

 美術館の二階にモノレールの駅があり、ここから先ほどの断崖絶壁に目眩のするような急角度のモノレールが出ている。ここでポイントはあくまで「モノレール」ということ。ケーブルカーならこの程度の角度はあるが、ここの場合はモノレールなのである。滑り落ちないのかと心配になるが、今まで事故は0とのこと。

左 山上駅から奥に見えるのが重盤岩  中央 展望台になっている  右 彫刻なんかもある

重盤岩からの眺め  左 なぜか日章旗  中央 モノレールの駅  右 津奈木市街

 上まで登るとその先は展望台になっている。またここから岩山(重盤岩)のところに登る遊歩道も完備されている。また一応美術館の裏山らしく立体彫刻も。とりあえず重盤岩のところまで登ってみるが、ここが目眩のするような絶壁である。重盤岩の先には日章旗が飾ってあるが、一体どうやってこんなものを立てたのやら。確かに度胸があれば岩の上を渡れなくはないようだが・・・。

 

四季彩に行くには文化財の石橋を渡っていく

 モノレールで山を降りてくると温泉にでも浸かってゆっくりすることにする。ここに隣接する温泉施設「四季彩」に行くことに。しかし実はここにも仕掛けがあったりする。何とこの温泉にもモノレールで上がる露天風呂があるのである。とりあえず私も野次馬に。それにしても津奈木ってなんでこんなにモノレールが好きなんだ?

    モノレールで露天風呂へ

 泉質はここも単純アルカリ泉。肌触りが良くてゆったりできるが、上には脱衣所の奥に浴槽しかないので見晴らしは良いもののそれだけ。私はどんな絶景でも数分で飽きてしまうと言うような類の人間だし、長湯する方ではなくどちらかというと烏の行水。つまりは人間がせっかちに出来ているのである。やはり数分で飽きてしまう。そこでモノレールを呼び出して下に降りると、下の方の大浴場にも入浴。上の湯は下から汲み上げているらしいので、湯の鮮度自体は下の方が良いよう。

  それにしてもすごい山容

 ついでにここのレストランで昼食を摂ることにする。注文したのは「四季彩定食(1300円)」。何ということのない和定食だが、太刀魚の焼き魚や太刀魚の刺身などが特徴。太刀魚の焼き魚は箸の使い方が下手な私(そもそも不器用なのである)には食べにくいが味は良い。刺身なども普通に旨い。

 

 入浴と食事を済ませると津奈木を後にして熊本方面に向かう。次は宇土城に立ち寄る予定。その途中、星野富弘美術館という案内を目にしたので立ち寄ることにする。

   

 星野富弘氏は中学の教師だったが、クラブ活動の指導中に事故で頸椎を損傷して首から下が麻痺してしまう。その後、筆を加えて絵や詩を書き始めたのだという。それらの作品が人々の心を打って評判にあり、現在彼の故郷の群馬県に美術館があるが、この芦北町の美術館はその姉妹館にあたるという。彼はそれまで絵は描いていなかったと言うが、登山などを趣味にしていたせいか自然に対する共感のようなものが作品に滲んでいる。またそこに込められたメッセージが人々の魂に訴えかけるんだろう。彼のメッセージは基本的には「生きろ」というもの。変に飾り気がないところがよい。もっとも今では何となく悟りきっているように見える彼も、事故の当初は何も思うにまかせないことを母親に当たったりしたこともあったらしい。聖人君子でもない以上、それは当然だろう。しかしそこからこれだけのことをした精神力はやはり並ではないように思う。それにしても五体満足でも彼よりもはるかに絵が下手な私って・・・。

 

 美術館の見学を終えると九州自動車道に向かう。その途中で佐敷城という看板と、山上に非常に心惹かれる石垣を目にするのだが、時間の関係で泣きの涙でパスする。これはいずれリターンマッチの予感。

 

 九州自動車道を突っ走ると宇土で降りて市街を走行。宇土城には古城と近代の城の2つがあるのだが、まずは丘陵上の古城の方を目指す。「宇土古城」は中世にこの地を治めていた宇土氏が独立丘陵上に築いたもので、千畳敷と呼ばれる本丸部分を中心とした曲輪が連続した城郭である。また近年の発掘調査の結果、堀の中から多くの石塔が発見され、廃城の際に呪術的な意味の儀式もなされたことを示す遺跡として注目されている。現在では千畳敷周辺に当時の雰囲気を伝える復元が行われている。

左 宇土城の碑  中央 千畳敷周囲に曲輪らしきものが  右 千畳敷周囲の堀

左 橋もある  中央 石塔を埋めた跡  右 千畳敷の門

左 門を内側から  中央 復元された建物  右 建物跡

左 こちらの副郭の方は鬱蒼としている  中央 発掘調査中?  右 建物跡

 千畳敷回りは堀に囲まれており、その内一カ所には城門が復元されている。また千畳敷内には復元された建物と土台の跡が残っている。城郭全体としては結構の規模があり、宇土氏は当時それなりの勢威を持っていたのだろうと思われる。なお西方に副郭らしき地形が見えたのだが、そちらの方はまだ発掘中なのか薮が茂っており、トンボなどの虫の住処となっていたが、建物跡が一つだけ展示されていた

 

 宇土古城を見学した後は「近世宇土城」の方に向かう。こちらはキリシタン大名として知られる小西行長が築いた近世城郭で、彼が関ヶ原の敗北で斬首された後はこの地に入った加藤清正が手直ししている。加藤氏が二代目の忠広の代で改易となった後は廃城となって荒れ果てたとのことだが、現在はその遺構は市指定の史跡となっている。

左 本丸  中央 本丸は今では公園になっている  右 小西行長像

 一段高くなった本丸跡は公園になっており、片隅に小西行長の像が立っている。また石垣などの遺構も残っているが、本丸周辺の本来は堀があったと思われる部分が現在は道路となっていることから、石垣の半分ぐらいは地面の下に埋まっているらしい。現在ある石垣は多分公園整備の際に手が加わったものだとは思われるが、なかなかに見事なものである。

 

 宇土城の見学を終えると熊本駅に向かって走る。今日の夕方に熊本駅の事務所にレンタカーを返却することになっている。なお今回の遠征ではレール&レンタカー切符ではなく、熊本ゾーン周遊切符+駅レンタのパターンにしたのだが、それにはいくつか理由がある。まずレール&レンタカーキップの場合はレンタカーの時間が24時間単位なので、今回のように9/23の9時から9/25の夕方まで借りようとすると3日分の料金がかかってしまうのに対し、駅レンタプランだと二泊三日料金で借りられるからだ。また今はJR九州の駅レンタがキャンペーン中で、県内乗り捨て無料で特別料金になっていたことが大きい。またSL人吉に乗ったりなど、当初想定していたプランよりも鉄道乗車が増えることで熊本ゾーン切符でも採算が合うようになったのである。

 

 熊本に到着するとまだ時間があることから、熊本古城の方を回ろうと思ったが、残念ながらここは熊本城の直近のために車を停める場所が皆無。また熊本城の駐車場の方も今日は満車の模様なので、レンタカーにガソリンを入れると熊本駅西口に回り込んで早めに車を返してしまう。事前に警告は受けていたが、熊本駅西口は再開発で地図が完全に変わってしまっており、レンタカー事務所に到着するまでにかなり戸惑った。しかも車を入れるように言われていた駅前駐車場はここも満車で熊本の観光客が異常に増えていることを実感したのである。なお熊本古城はまたいずれリターンマッチをすることにしたい。

 

 後は熊本で土産物を買い求めて帰宅するだけ。ただ単に熊本から帰るのではなく、あえて在来線で新八代まで戻ってここから新幹線に乗ることにする。これで九州新幹線も完全視察完了。九州地方鉄道網完全制覇である・・・ってなんか鉄オタくさいよな。

 新八代駅

 新八代駅は新幹線こそ停まるものの何もない駅である。今まで行ったことのある場所では岐阜羽島駅に雰囲気がそっくり。何でこんなところに新幹線がというイメージで、駅前に東横イン(私がアパホテルと共に経済封鎖しているホテル)だけがある。とりあえず売店で名物という「鮎屋三代弁当(1100円)」を購入すると新幹線で帰宅の途についた。なお新幹線の新八代−熊本間は田んぼばかり、熊本以北は例によって佐賀周辺以外はほとんど地下鉄の状態で、印象に残ったのは弁当の鮎の甘露煮(まるごと一匹)のうまさだけだった。

   

 先の東北遠征で疲れ切っていたので、慰労よろしく温泉を中心にした遠征だったのだが、意図に反してやはり結構ハードに動き回ってしまった。どうも私の貧乏性はどうにもならないらしい。それにしても阿蘇火口に行けなかったのは残念至極。これに関しては悔いが残っている。何にせよ九州には未だに宿題がいろいろあるので、また来年当たりにリターンマッチはあるだろう。

 

 それにしてもやはり九州は食べ物がうまいということを感じずにはいられなかった。今回は特に調査もなしにほとんど出たとこ勝負で食事をしていたのだが、それにも関わらず当たり率の高さには驚いた。やはり食べ物に関しては歴然と西高東低の法則があるようである。

 

 九州地方の美肌の湯ばかり浸かったので肌の調子はよいが、結局はかなり疲れ切ってしまった。しかし実は疲労は肉体的なものよりも精神的なものの方が大きかったりするし、それは遠征だけでは晴らすことができないものがある。ああ、だれか精神的に支えてくれるパートナーが欲しい。

 

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