展覧会遠征 吉野編

 

 現在まで私は各地の鉄道を乗ってきたが、関西地区において未だに残っているのが近鉄吉野線である。これについてはいつかは視察に出たいと思いながらも機会のないままズルズルと延びていた。しかしそろそろ桜の季節。やはり吉野と言えば桜というわけで、今をおいてこの懸案事項を実施する機会はないと判断した。

 

 とはいえ、春の吉野と言えば大混雑で有名である。そこで特急券の手配は早めに行うことにした。近鉄のウェブ予約で事前にサクラライナーの座席を押さえ、万全の体制で当日に臨んだのである。

 サクラライナー型車両 私の乗るはずのはとっくに出てしまっていた

 しかしその計画は一番最初の段階でつまづいた。大阪まで出てきて環状線で天王寺に向かいながらタイムスケジュールを確認していた私は、致命的な間違いに気づいたのだった。私の日程表に書いてある特急の出発時刻と、予約したサクラライナーの出発時刻が30分ズレていたのだ。何が原因でこんなことになったのかは定かではないが、時間を確認するともうサクラライナーは出発する頃。結局私が阿部野橋駅に到着したのはサクラライナーが出発した数分後、いきなり予定の列車に乗り遅れるという大失態をしでかしたのである。

 結局乗ったのは普通の特急

 結局は阿部野橋駅で改めて特急の指定席を取り直すことになってしまった。無駄な出費である。時刻がまだ早いせいか幸いにして特急の指定席は問題なくとれたが、いきなり波乱の幕開けとなった本遠征を象徴するかのごとく、空模様はかなり不穏。大阪地区では雨がぱらついており、天気予報は今晩から大荒れという予報が出ている。「春の嵐」というやつらしい(こう書くと、高木美保辺りが主演の昼ドラのようだ)。状況次第で予定を変更する必要もありそうである。

 最初は市街をトロトロ運転

 駅でしばらく待ってからようやく特急に乗車する。いよいよ吉野に向けて出陣である。阿部野橋を出た特急は最初は市街地の中をゆっくりと走る。線路周辺も狭いし、線形もカーブが多いしで速度が出せないようである。やがて辺りが古墳だらけの地域にさしかかり、古墳を回り込むような形で長野線との分岐駅である古市に到着する。

 古市で長野線と分かれる

 古市を過ぎた辺りから沿線風景が一変し、かなりのどかさが増してくる。この辺りは山越えのラインであり、高い山の裾をグルリと回るようになる。山間を抜けてようやく平地にやって来た辺りで列車の速度はやや上がってきて、御所線との分岐駅である尺土。さらに高田市とこの辺りは高田の市街。それを抜けると橿原神宮前で、ここからが吉野線ということになる。

 尺土手前はこんな感じ

 吉野線は単線のために交換待ちが何度かある。さらにここからは本格的に深い山の中に入っていく。やがてJR和歌山線との接続駅である吉野口。ここでは「吉野を目指す方はここでは降りないで下さい」のアナウンスが何度も流れる。やはり間違う者がいるのだろう。

 吉野川沿いを進む

 吉野口を抜けてしばらく走ると路線は吉野川沿いを進むことになる。吉野川沿いには民家は結構あるようである。やがて吉野川を渡ると吉野神宮。ここから山間を登っていって終点の吉野に到着する。

吉野駅に到着

 吉野駅はいかにも観光地ターミナル。どことなく南海高野山駅に通じる雰囲気がある。駅前には土産物屋が並ぶが、とりあえずここから吉野山ケーブルで山頂を目指すことにする。

  

土産物屋街を抜けてケーブルのりばへ

 吉野山ケーブルの千本口駅は吉野駅の近く。なお山上にはバスでも登れるが、やはりついでだからこれに乗っておく。なお吉野山ケーブルという名ではあるが、ケーブルカーではなくてロープウェイである。かなり年季の入ったあまり大きくはないゴンドラが、乗客を満載して山上へと登っていく。ちなみにこのロープウェイは現存最古とのことで、鉄塔を越えるたびに不気味な音を立てつつ結構揺れるので、いろいろな意味でスリリングである。

  

吉野山ケーブル

 そう長くないので5分程度で山上の吉野山駅に到着する。これが1時間に4本運行されている。吉野山駅はまさに吉野の参詣道の入口。しかし桜のシーズンと言うこともあって、観光客がひしめき土産物屋がズラリと並ぶという状態で、聖地という雰囲気はまるでない。この辺りは高野山と空気が違う。

山上駅を降りるとそこは観光地

 黒門をくぐるといよいよ吉野山エリアに突入というイメージ。ケーブル駅でもらった地図で現在地を確認しながら進む。土産物街を抜けつつさらに進むと銅の鳥居。ここを抜けたところに行者堂がある。

左 黒門  中央 銅の鳥居  右 行者堂

 さらに進むと世界遺産の仁王門。これをくぐって登ると金峯山寺。ここの蔵王堂は国宝に指定されていて世界遺産とのこと。信心皆無の私であるが、観光地見学として拝観料を払って入場する。

仁王門
  

蔵王堂

 吉野山は修験道の山であり、役行者が開いたと言われている。蔵王堂に祀られているのは蔵王権現であるが、これがまた日本オリジナルという仏様で、役行者が開いたという伝説と言いとにかく創作もののネタは尽きないような場所である。蔵王権現はカッと眼を見開いたかなり迫力のある仏で、明らかに悪を征伐する系の逞しい仏である。この仏像がなぜか三体並んでいる。これはかなりの壮観。しかし撮影禁止である。

 

 蔵王堂の見学を終えると再び参詣筋に戻ってくる。もう昼時であり腹も減った。とりあえず昼食を摂りたいと考え、そのまま目に付いた「中井春風堂」に入店する。

 中は観光客で一杯なので相席になる。ここの葛の店だとのことだし、やはり吉野と言えば葛というのは定番、葛うどんのセット(1350円)を注文する。

 葛うどんにこれまた奈良定番の柿の葉寿司、さらに葛豆腐や葛餅のついた葛づくしである。通常のうどんは小麦を塩でこねることでグルテンの効果で固めるが、葛うどんは小麦に葛を練り込んだうどんで、つるりとした滑らかな食感が特徴。これに葛の入ったトロリとした出汁が絡んで絶品。またさすがなのはデザートの葛餅。奈良はこれという名物のない土地だが、この葛だけは本物である。

 

 まあ価格は観光地価格だが、味的には満足できたのでこれで良し。腹を満たしたところでさらに先に進むことにする。

 

 ここからさらに先に進んだところにあるのが、これまた世界遺産の吉水神社。ここからは中千本の桜と遠くに上千本の桜を眺めることが出来る。

 参拝料を払って書院を見学。ここには諸々の文化財が展示されていて博物館のようになっている。

吉水神社

 書院の奥には祭壇があるのだが、さすがに役行者が開いたという寺院だけあって、祈りの作法が陰陽道式。九字の印を切って「臨兵闘者皆陣列在前」の呪文を唱えるというもの。その作法については写真入りで看板が立っている。試してみる者が何人かいるが、作法がややこしいので途中で分からなくなるのと、奥ゆかしい者が多いのか恥ずかしくなる模様でゴニョゴニョやってる者が多い。ここまで来たのだからと私も厄払いとして挑戦。中途半端にやるとかえって恥ずかしいので開き直って腹の底から声を出したら、厄をはらえたかどうかは分からないが何かが吹っ切れた気はした。ただ私がやると、役行者ではなくてセーラーマーズの方になってしまう。実際、思わず「悪霊退散!」と付けそうになった。

  

中千本の桜

 吉水神社の見学を終えるとさらに上千本の近くまで登る。しかしここに来てかなり疲労が出てきた。よくよく考えると昨晩はなぜか夜中に目が覚めて、今朝は明らかに睡眠不足だったのである。それにここに来ていよいよ天候が怪しくなってきて。かなり風が強くなり始めてきた。当初予定では奥千本を目指そうと思っていたが、元々花より団子の人間であるので、これはそろそろ撤退した方が良さそうだと判断する。

タケノコの天ぷらに桜ソフトに焼き餅・・・食べ過ぎた

 結局は参道途中で購入したタケノコの天ぷらをかじりつつケーブルの駅まで戻ってくる。ケーブルで山を降りると吉野駅前で土産物の桜餅を購入してから、桜ソフトをなめつつ特急の到着を待つ。既に撤退に移る者も多いのか、帰りの二両編成の特急は満員に近い状態だった。

 天王寺まで戻ってくると、JRでは既に強風のために列車の間引き運転が始まるとのことで、早めの帰宅を促す放送がかかっていた。そこで大阪での予定はすべて中止にしてまっすぐと帰宅することに相成ったのである。

 

 当初予定では吉野山を一周してから大阪の美術館に立ち寄って帰ってくるつもりだったのだが、最初に出遅れた挙げ句に途中で想定以上に体力を消耗、さらには天候の悪化もあって中途で切り上げたような遠征になってしまった。ただそれでも意外と中途半端感はなかったりする。

 

 これで近鉄完全視察終了。これによって西日本の鉄道は完全制覇と言うことになる。残るは関東周辺の私鉄とJR東日本の一部路線、それに仙台の地下鉄ぐらいである・・・って私は鉄道マニアではなかったはずなのだが。どうも私のこの業の深さだけは、吉水神社でも祓えなかったようである。

 

 戻る