展覧会遠征 島根編5

 

 いよいよ年も押し迫ってきた。これで今年度最後の遠征となるだろう。さて今回は諸々の変遷の後、22日に休暇を取って翌23日の休日と併せて二泊三日で島根に繰り出すこととした。

 

 そもそも今回の当初プランは、22日に休暇を取って20日から三泊四日で東海方面の山城攻略を考えていた。しかし先月末ぐらいから持病の腰痛が発生し、それが年末進行で忙しい仕事の中で悪化(出張などが立て続いたのがトドメになった)、歩くのもツラいような状態になったためにとても山城攻略など不可能と判断して全面キャンセルになったのである。しかし12月も終盤に近づいてきて、ようやく腰の方も普通に歩くぐらいは問題ないレベルにまで回復してきたことや、さらに22日は年有休暇の取得を奨励するとの会社側からの指導があったことなどから、それなら22日から一泊二日で近場に骨休みにでも行こうかと考えた次第。そうなった時に頭に浮かんだのが、以前から行きたいと思いつつも機会のなかった玉造温泉の訪問である。通常の土日の遠征だと大抵の温泉宿は土曜日は儲けの少ない一人客はお断りのところがほとんどだが、22日だと平日ということになるので実に都合がよい。

 

 22日は早朝に起床すると、ほぼ会社に出勤するのと同じぐらいの時刻に家を出る。今回は時期と場所だけに積雪リスクを考えて鉄道を使う予定にしている。在来線と新幹線を乗り継いでまずは岡山へ。ここから特急やくもで伯備線経由で島根に向かうことにする。外はかなり寒いが天候は晴れている。ただ福岡辺りで雪でも降っているのか、西側から来る新幹線が遅れているようで、その関係でやくもの出発が4分ほど遅れる。

 特急やくもは振り子式特急である。そのフラフラ揺れる乗り心地は、別名「ゲロしお」とも呼ばれる黒潮と並んで気持ち悪いことで知られ、別名「特急はくも」とも言われている。確かにこれに乗車してこの原稿を打っていると乗り物酔いしそうである。

 

 先週西日本では広島辺りを中心に豪雪で大混乱になったので積雪を警戒していたのだが、備中高梁辺りまでは全く積雪の気配もない。備中高梁では備中松山城が一瞬だけチラリと見える。備中川面駅では上りのやくもとすれ違い。なおこの駅には寺山城なる城跡の紹介看板が立っている。早速ネットで調べたところ結構な山城らしい。これはいずれ訪問しないと。

 この背後の山が寺山城とか

 井倉洞の手前辺りから積雪跡がチラホラし始め、新見に到着すると突然に空はどんよりとした雪雲となり、もろに雪が降っている。いよいよ雪国に突入のようだ。降雪というものがほとんどない瀬戸内生まれにはテンションの上がる風景ではある。とは言うものの、明日もこの調子で降ったら嫌だなということは頭をよぎる。

新見を過ぎた辺りから突然に雪国に

 列車はしばし雪深い山中を走行する。しかしようやく空が明るくなってきて、完全に晴れてきたらまもなく米子に到着。ここで大量の降車客。私が降りる安来は次である。

 

 安来に到着すると、駅前からイエローバスで足立美術館に向かう。足立美術館からは無料のシャトルバスも出ているのだが、その発車時間は30分後なので時間が惜しい。

   安来駅とイエローバス

 イエローバスはやや遠回りをしつつ20分で足立美術館に到着。料金は200円である。それはともかくとして、気になるのはここに来てから天候は晴れで雪がほとんど見えないこと。実はこのシーズンにわざわざここに来たのは、足立美術館の庭園の雪景色を見たいという気があったからなのだが、この天候だと無理かもしれない。

 

 足立美術館に到着すると、とりあえずは入館の前に腹ごしらえをしておくことにする。例によって美術館前の吾妻そば割り子そばを頂く。やはりここに来たらこれは抜かせない。毎度のことながら、太さが不揃いで歯ごたえのあるそばが非常にうまい。それまで日本そばが苦手だった私に、初めて日本そばのうまさを知らしめた出雲そばの伝説は未だに健在である。

  

 そばを食べると美術館に入館。さて問題の庭園だが、一面の雪景色とはいかないが、一部に雪のかかったなかなかの風情。もう少し雪が欲しい気もするが、完全に雪に埋まるよりはむしろ風情はある。これはわざわざ来た甲斐はあったか。

 なお後で聞いた話だが、昔は山陰地域は冬場は30センチぐらいは普通に積もっていたらしいが、近年では積雪することはほとんどなくなってきており、1シーズン中にせいぜい数日程度だという。だから松江市民などでも今はスタッドレスタイヤを購入しない者が増えており、雪が降った時はチェーンで凌ぐのだとか。確かに今日なども、ここまで来る途中の山岳地帯では雪が降っていたが、海岸沿いに到着すると全く普通にノーマルタイヤで走れるような状況である。地球規模の気候変動がやはり起こっているようだ。

 


冬期特別展「心あたたまる優しい日本画」足立美術館で2/28まで

 優しい日本画と銘打つだけに、展示作は動物画などの柔らかいものが中心。榊原紫峰の一連の雀の絵が印象に残る。「どんだけ雀が好きやねん」と言いたくなる絵だが、四季の風情に合わせて配した雀がなかなか絶妙。また獣の栖鳳の筆も冴え渡っており、いつもとは違った視点から楽しめる展覧会。


 新館の方は現代日本画。ザクッと見て回った中に印象の強い作品があると思えば、宮迫正明の絵画。やはり私は彼の作品と相性が良いようだ。また女性画のコーナーもあったが、作者は代われど同じようなタッチの絵ばかりあったのは、現代日本画のトレンドがそうなのか、それともこの美術館の趣味がそうなのか。

 美術館を一回りして大体1時間強。当初予定では2時間の滞在を想定してプランニングしていたのが、やはり私はかなり鑑賞時間が短いタイプのようだ。1時間前倒しでシャトルバスで駅に戻ることにする。

観光案内所を兼ねている安来駅は尼子関係だらけ

 安来駅は駅舎が観光案内所も兼ねている構造になっている。列車を待つ間に一回りしたが、「尼子十勇士」のスタンプが目につく。以前からこの地域は「尼子氏を大河ドラマに」と運動していたりなど尼子で盛り上げようとしているのは分かるが、残念なことに尼子氏は新興の毛利氏に負けてしまう立場なので、どうしてもネタとして弱い。月山富田城は確かに良い城なんだが・・・。私としては、山中鹿之助を主人公にしたら3時間程度の時代劇特番、もしくは6話程度の連続時代劇なら可能とは考える。

 さて今日の宿泊地は当然のように玉造温泉なのだが、このまま向かったのではホテルのチェックイン時間より前になってしまう。そこで松江で途中下車することにする。

 

 目的地は島根県立美術館。宍道湖岸の眺めの良い美術館なのだが、交通の便が極めて悪いのが最大の難点。何しろアクセスバスが1時間に1本という始末である。やむなく駅からタクシーを利用することにする。

 


「日本伝統工芸展」島根県立美術館12/25まで

 

 陶芸、染色、漆塗り等の工芸分野での公募展。工芸分野は私の専門外なのだが、それでも陶器類や金工などは単純に楽しむことが出来る。応募作については伝統を踏まえた保守的な作品から、実用性など皆無のかなり現代アートに近い作品まで種々様々。個人的には「使ってみたい」と感じるような品もいくつかあったのではあるが。


 美術館の見学を終えると携帯でタクシーを呼びだして駅に戻る。時間もちょうど良い頃になったし、ようやくホテルに入ることにする。松江から玉造温泉駅まではすぐである。

 

 今日の宿泊ホテルはホテル玉泉。玉造温泉の大型ホテルである。例によって私が利用するのは豪華ホテルの貧民プランということになる。とは言うものの、私が今まで宿泊費にかけた費用としては恐らく史上最高額クラスであろう。今回は端っから年末の骨休めと考えているのでホテルに奮発した次第。

 

 玉造温泉はみどりの窓口さえもない小さな有人駅。玉造温泉駅に到着すると大勢の観光客が一斉に降車する。駅前には大型ホテルの送迎バスが来ており、私が宿泊する玉泉のバスもその中にある。ホテルまではバスで5分程度。玉泉は玉造温泉街の一番北寄りにある大きな建物。部屋は貧乏プランらしくウナギの寝床のように間口が狭くて奥行きが深くて眺望もないシングル洋室。これは元々従業員部屋だったか、それとも所謂添乗員部屋というやつか。ただ何にしろシングル客向けの廉価プランを用意してくれるのはありがたいところ。何しろ玉造温泉は有馬温泉に負けず劣らず宿泊料相場の高い温泉地なだけに。

   ホテル建物とシングルルーム

 ホテルにチェックインするとまずは何はともあれ入浴。浴衣に着替えると大浴場へ。なお今回は温泉用に新アイテムを用意している。それは「風呂用メガネ」。と言うのも、私は近視が強いので今まで展望浴場などで残念な思いをしてるのみならず、最近などは浴場が薄暗かったら足下が危ないぐらい。そこで新アイテムの登場である。いかにも安っぽいメガネ(実際にかなり安い)だが、風呂の温度に耐える上に錆びないオールプラスチックフレーム(だからこそ余計に安っぽい)、さらにはレンズは曇りにくいようになっているというもの。通常のメガネは湯気を浴びるとレンズ表面に微細な水滴が多数つくが、このメガネはレンズに親水処理がしてあるようで、表面に薄い水膜が広がる形になる。

  

 ホテルの大浴場は生憎と展望浴場ではない。泉質はナトリウム・カルシウム−硫酸塩・塩化物泉とのことで弱アルカリ泉である。ヌルヌル感はそうなく、刺激の少ないなめらかな湯という印象。玉造温泉の湯については「化粧水のような」という形容をよく目にするが、つまりは刺激のない柔らかい湯という意味だろう。特別な浴感はないのだが、それだけに万人向きである。これにドップリと浸かって体を癒す。極楽、極楽。

 

 入浴を終えると再び着替えて町の散策に出る。玉造温泉は川を中心として、その両岸にホテルが建ち並ぶという町並み。大ホテルが多いので、いわゆる一般的な温泉街の風情はない。玉造温泉は歴史ある古湯と言うが、同じく古湯で巨大ホテルも多い有馬と違って、町全体が非常に整然としている。最大の特徴は温泉街によくあるいわゆる歓楽街が全くないこと。由緒正しい湯治場というところ。つまりはすべてをホテルの中で完結させるのが前提となる。

川沿いにホテルの建ち並ぶ玉造温泉街

 さらに温泉街を歩いていると、いきなり科学特捜隊基地のような巨大な建物に行き当たるが、これが日帰り入浴施設の「玉造温泉ゆ〜ゆ」だそうな。中は風呂だけでなく会議室の類いまである総合施設だという。それにしても必要以上に巨大すぎるような気が。

   

戦闘機でも発進しそうな玉造温泉ゆ〜ゆ

 このワンダバと共に内部から戦闘機でも発進しそうな建物の脇を登っていくと、遺跡公園に到着する。遺跡公園は古代の集落跡のようだが、今ではただの芝生の丘で、そこに復元された竪穴式住居が一軒あるのと、建物の柱跡らしきものが保管されている程度。近くに資料館もあるようだが、残念ながら月曜日は休館。

 散歩から帰ってくると少し体も冷えたので再び入浴しようと考えるが、その前に足つぼマッサージを受けることにする。今回の宿泊プランには足つぼマッサージ20分のサービスがついているのである。

 

 足の裏をもんでもらうのだが、これが異常に痛い。曰く「かなり疲れが足裏に現れている」そうである。確かに体も内臓もボロボロだろう。あらゆるツボが全身にビンビン響く。

 

 足つぼマッサージについては正直なところ最初は半信半疑だったのだが、マッサージを受けたら何となく体がすっきりした気がする。一応効果はあるようだ。そこでそのまま入浴に向かう。風呂上がりにはマッサージ機の実演紹介がしてあったので、それでふくらはぎマッサージを受けるが、これがまたいきなり激痛。やはり内臓がボロボロで体の血流が相当悪くなっているとのこと。確かにいろいろな面で疲労が溜まっているのは自覚していたが、なんかあっちでもこっちでも「このままだと長くない」と言われているようなものである。

 

 部屋に一端戻るとすぐに夕食の時間となるのでレストランへ。夕食は一般的な会席料理。ただし結構ご当地食を出しており、例えば牛肉は岩見牛、米は地元のきぬむすめとのこと。この白飯がまたなかなかにうまかった。また釜揚げそばはそばゆに浸かったまま出てきたそばに、そのままつゆをぶっかけて汁そばにするのがご当地流らしい。

 なかなかにうまい夕食だった。夕食を堪能すると、就寝前にもう一度入浴する。入浴してからしばらくするとラウンジで民謡&安来節ショーが。さすがに大ホテルはこの手の余興がしっかりあるのでこれを見学。

安来節ショー
 

 夜も更けてくるとやや小腹が空いてくるので館内の居酒屋で味噌ラーメンを頂く。こういう時にドーミーインの夜鳴きそばサービスってよく考えてるなと実感する次第。確かにここまでカッチリしたラーメンでなくても、あの程度の簡単なラーメンでも小腹を満たすだけなら十分なんだよな・・・。ここまでしっかりしたラーメンだと、逆にいささか食い過ぎた感が強い。

  

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は7時過ぎに起床。目覚めはあまり良くない。暖房が集中管理のせいか私にはやや暑すぎて不快だったことと、夜中に物音で目覚めてから(近くの部屋に子供がいるらしく、夜でも結構うるさかった)半分寝ているような起きているような状態でウツラウツラと朝を迎えたからだ。また両足がふくらはぎを中心に非常にだるく、腰の様子もやや不穏。また風邪をひいたのか鼻づまりがひどい。湯治はいきなり体調が整うというものではなく、最初にいろいろと悪いところが出きってから快方に向かうというが、私のように体がボロボロすぎる者は、一日程度の温泉通いだと悪いところが出てきたところで終わってしまって逆効果か?

 

 とりあえず目覚ましに朝風呂に出向く。やはり朝風呂は気持ちいい。サッパリしたところで朝食へ。朝食はバイキングだが豪華である。この辺りはさすがに大型温泉ホテル。

 

 昼食を済ませると荷物をまとめてチェックアウト。駅までワゴンで送迎してもらう。こういう至れり尽くせりは日頃私が利用するような安ホテルでは望めないこと。こういうのに慣れると人間が堕落しそうである。

 

 玉造温泉駅から特急やくもに乗車。このまま帰宅しても良いのだが、最後に一カ所立ち寄るところがある。新見で途中下車する。まず向かうのは新見美術館。この美術館、新見駅からそこに見えているのだが、出口と反対側に位置するためにかなり遠回りしないとたどり着けないという嫌なところである。

  新見駅


「没後90年 富岡鉄斎展」新見美術館で3/15まで

   

 新見美術館が所蔵する富岡鉄斎コレクションを中心に、鉄斎の生涯を追っての作品を展示する。

 鉄斎は典型的な文人画家で、元々は画業を本業にはしていなかった。しかし徐々に画業の方で名を挙げて、現在ではその方で大家として名を残した人物である。

 年を追うごとに筆さばきが熟達していくのがよく分かるのだが、それと共に表現が自在となって自由度が増してきているのが一つの凄みである。サクサクと描いているようであるのだが、それが計算尽くでは到底不可能なような境地に達している。彼の作品については技が云々と言うよりも、その裏を支える人間性を磨いているのが作品に反映されているのではないかとの感を受ける。


 美術館の見学を終えると新見の町並みの散策に移る。新見はかつて街道の宿場町として繁栄した町だが、風情をとどめた町並みの一部が本町地区周辺に残っているという。

 

 本町手前の商店街はどちらかと言えば昭和レトロの懐かしい雰囲気。本町地区は往年の宿場町の面影はあるものの、意外とその範囲は狭い。また町自体に活気が感じられないのが何よりも気がかりなところ。

本町手前は昭和レトロ風情

本町地区は町並み整備されているようだがさして広くはない
 

 町並みを散策しつつフラフラと駅前に戻ってくる。途中で「山田屋」夫婦饅頭を頂く。老夫婦が経営しているようなので夫婦饅頭なのだろうか。饅頭自体はいわゆる普通の大判焼き。普通にうまい。

   

 新見駅まで戻ってきたが、新見を後にする前に昼食を摂る必要があるだろう。結局は新見駅前の「味の荘伯備」カツ丼を注文。ただしご飯の量が多すぎたのと、朝食をかなりガッツリ食べたせいかあまり腹が減っていないのとで半分方残すことになってしまった。なおここはぼたん鍋などが有名なのだが、さすがに今日は昼から鍋を食う気は起こらなかった。

   

 昼食を終えると新見駅から特急やくもと新幹線と在来線を乗り継いで帰宅。思い返せば玉造温泉に入浴に行っただけと言って良い遠征であった。

 

 年末の保養旅行である。にもかかわらず、帰宅するとすぐに風邪をひいて体調を崩して寝込む羽目になってしまった。旅行に出る前から家人が次々と風邪をひいていたので逃げ出したのだが、その時には既に風邪をもらった後だったようだ。思わぬ不覚である。

 

 玉造温泉はなかなかに良いところではあったが、私のよう落ち着きのない者にはどうにも退屈な場所だったのも事実である。どうしても私は温泉でゆったりと落ち着くという境地になかなかならないようだ。おかげで体に無駄な疲労が溜まってしまう。

  

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