展覧会遠征 京阪奈編

 

 この週末は京阪奈地区のライブをはしごすることと相成った。ただ本格的な梅雨の襲来で天候が悪いのと、先週傷めた腰の具合がまだ良くないということがかなり不安ではある。

 

 金曜日の仕事を早めに終えると山陽線に飛び乗って京都へと移動する。山陽線は人身事故の影響とかでダイヤがかなり狂っている。人身事故が増えるのも政治が悪い証拠ではある。弱者切り捨てのアベノミクスの成果と言えるだろう。

 

 予定よりも若干遅れて京都に到着すると、ホールへ移動する前に荷物をホテルに置いておくことにする。幸いにして雨は小降りになってほとんど止んでいる。今回の宿泊ホテルは例によってのホテルチェックイン四条烏丸

 

 ホテルにチェックインして荷物を置くと、すぐに外出する。とりあえずホールに到着する前に軽く食事を摂っておこうということで、近くのビルの地下のうどん店「めん坊」に入店して「ざるうどん定食(780円)」を頂く。

  

 うどんとしては悪くはないが、かと言って特にうまいというレベルでもない。まあ典型的な可もなく不可もなくか。京都としては価格も妥当なのでその点は悪くない。

 

 とりあえずの夕食を終えるとホールへ。ここのホールもこれで何度目だろう。


京都市交響楽団 第602回定期演奏会

 

[指揮]キンボー・イシイ

[Vn]ララ・セント・ジョン

 

ブラームス:大学祝典序曲op.80

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調op.26

ニールセン:交響曲第5番op.50

 

 一曲目の大学祝典序曲に関しては「あれ?」という印象。京都市響にしては演奏がパッとしない。金管陣に全く冴えがない上にホルンなどはグダグダ。弦楽陣も艶がないパサパサした音色で、全体のアンサンブルもグチャグチャした印象になっている。

 二曲目のブルッフについてはソリストの音色がやや軽くて一本調子なのが気になった。もう少し音色に深みが欲しいところ。演奏が全体として表層的に聞こえた。

 コンサートの印象が変わったのが休憩後のニールセン。急に演奏の集中度が変わり、各パートの音色までが一変した。複雑に絡み合いながら盛り上がっていくニールセンの独特の音楽構成を、一糸乱れずにパシッと表現する。キンボー・イシイの指揮も的確に強弱のメリハリをつけたツボを押さえたもの。なかなかの名演であった。


 コンサートの前半と後半で評価が一変したのが今回。メインのニールセンが難曲なので、そっちにばかり練習その他の労力が取られていたなんてところだろうか(と勝手な憶測)。それにしても音色の変化が極端だった。

 

 コンサートを終えると途中で夜食を仕入れてからホテルに戻る。

 

 ホテルに入るとようやくマッタリできる。テレビをつけたらイギリスのEU離脱のニュース一色だ。案の定、東京証券市場を初めとして株式相場は大暴落をしている模様。私は株はやっていないのですぐに直接的な影響はないが、株価低迷が長引くようだと経済への悪影響から私自身の財政にもジワリと影響してくる可能性がある。

 

 今回の国民投票の結果で明らかになったのは、最早格差の問題は世界で最大の課題になっているということ。今回の国民投票の結果がこうなった理由も、イギリス庶民の「移民憎し」の感情が一番。そもそもそんなに移民が流入した原因はEU内での経済格差。そりゃ日本の中でも例えば東京で働けば月収5万円なのに、北海道で働けば月収25万円で医療費がタダなんてことになれば、みんな東京から北海道へ続々と移住することになる。EUという枠内で経済の格差が解消できなかったから、貧困地域から富裕地域に人々が移動しようとしたということ。特にここ数年はEU南部の国にシリア難民が大量に流入しているから、そこから玉突きのように移民がイギリスにまで及ぶということになっている。本来は経済だけではなく政治も統合して、EU全体で強力な格差解消策を打つ必要があったんだが、それをするとEUの中心である富裕国の国民が不満を持つし、それらの国の首脳陣も自らの権力を手放したくないということで、EU自体が中途半端な統合になっていたのが悲劇の元とも言える。そもそもは今まで域内で何度も戦争を繰り返してきた経緯から、二度とそのような愚かなことが起こらないようにというのがEUの理念の一つだったんだから、政治統合は不可欠のはずだったんだが。

 

 この格差の問題というのは21世紀の世界的課題になっているのは明らか。だからこそ今は格差解消に本気で取り組む気のない政権は先がないと言って良い。その観点から見れば、格差解消どころか「金持ちの馬鹿ボンは悠々と、庶民は一層苦しく」というさらなる格差社会を指向している安倍政権なんて問題外ということである。ちなみに現在どこの国でも富裕層が自分たちに不満が向くのを避けるために、庶民の恨みを移民や外国人などに逸らして人種差別を強めるという卑怯な手を取っている。その最たる人物がアメリカのトランプであるが、日本でも自民党が大分前から取っている方法。また中国の俗に言う反日教育なんてのはこの典型的なもの。また日本でもここ最近、急に「在日が云々」などと差別を煽る輩が増えたのも、いわゆる自民党のネット工作部の工作の結果である。賢明なる国民はこういうのに騙されるべきではないが、残念ながら近年は日本人自体のレベル低下が著しい。

 

 それにしてもやはり体調が良くない。明らかに疲れているので23時頃には床につく。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 翌朝は8時に目覚ましで起こされる。どうにも体がだるい。レストランでバイキング朝食を摂るとシャワーを浴びて目を覚ますがどうにもシャッキリしない。この日はチェックアウト時刻の11時近くまでゴロゴロする。

 

 さて今日の予定だが、美術館の梯子をしてから奈良に移動の予定。最初に向かう美術館だが、遠い方から泉屋博古館。住友コレクションの美術館で東京に分館がある。この分館の方は何度か訪れているが、京都の本館の方は初めてである。

 

 泉屋博古館はかなりはずれの方にあり、アクセスはバスによるようだ。5系統のバスが通っているとのことなので、四条駅の近くのバス停からバスで移動することにする。東天王町バス停で下車すると、そこから住宅街を少し歩いたところに美術館がある。

 


「上島鳳山と近代大阪の画家たち」泉屋博古館で7/24まで

  

 日本画壇と言えば東京と京都が代表的なのだが、大阪でも多くの画家たちが活躍し、独自の世界を形成していてた。そういう大阪画壇の画家である上島鳳山の展覧会。

 東京画壇とも京都画壇とも異なり、独特の濃さを持っているのが上島鳳山の美人画の特徴。スッキリとした伝統的日本画の流れを汲む京都画壇の作品などと異なり、西洋画的な技法も取り込んだ濃厚な立体表現の入ったものになっており、美人画などもその表情に独自リアリティのようなものがある。中央の画壇ではそれが悪趣味と見られ、鳳山の作品も官展で落選したりなどと言うことがあったようだが、今日的な目で見るとモダンというように感じることが出来る。

 保守的な中央では評価されなくても、関西では鳳山はそれなりに評価され、住友家の依頼による多くの作品なども残したようだ。今日的な目で見るとこれらの作品は非常に生気に溢れて実に魅力的である。


 展覧会のサブタイトルが「大阪の美人画は濃い!」というものだったのだが、確かに「濃い」という表現がピッタリくる作品であった。しかしそれは嫌みがあるわけでなく、濃厚でコッテリした味わいというところ。こうして見ると上村松園は京画壇の流れを、島成園は大阪画壇の流れを汲んでいるんだということが思い起こされる。この二人の画風の違いがそのまま京画壇と大阪画壇の違いのようである。

 

 ちなみにこの美術館は青銅器の展示館もあり、そちらの方も逸品ぞろいであってかなり楽しめた。本当はもっとジックリ回りたかったのだが、腰の方が良くないことがあって落ち着いて鑑賞とはいかなかった次第。いずれ日を改めて再訪したい。

 

 バスで遠くまでしんどい思いをして来たのだが、その甲斐はあったと言うべきかかなり満足できる展覧会であった。

 

 次の移動の前に昼食を。美術館で割引券をもらったそば屋「光海」を訪ねることにする。注文したのは「そば定食(900円)」

  

 天ぷらそばにご飯と小鉢がついてくる。小鉢が意外にうまいのはさすがに京都。そばは悪くないのだが、このそばは二八かそれ以下か。もう少しそばの風味が強い方が私の好み。

 

 昼食を終えるとバスで移動。当初の予定ではもう一カ所立ち寄るつもりだっただが、長距離移動で疲れてしまったのでもう京都駅に直行することにする。バスは河原町辺りで渋滞に巻き込まれて予定より遅れて京都に到着。京都の渋滞は相変わらずである。やはりこの町は本格的に他県ナンバーの流入規制を考えた方が良いだろう。

 

 京都駅からはみやこ路快速で奈良を目指す。奈良までは40分強。やはりこの路線は単線なので時間がかかる。

 

 奈良に到着するとホテルのチェックイン時刻まで時間があることから時間つぶしを兼ねて喫茶へ。駅の中にある「天極堂」「極パフェ(918円)」を頂く。ここのパフェは寒天でなくてくず餅なのが良い。やはり奈良はこれに限る。

  

 喫茶でマッタリとくつろいでからホテルにチェックイン。宿泊ホテルはスーパーホテルLOHAS奈良駅前。最近は奈良で専らここに泊まっている。スーパーホテルにしてはやや高めだが、駅前の便利な立地に天然温泉大浴場付きというのが良い。

 

 部屋に入るとしばしグッタリしてしまう。やはりからだにかなりダメージがある。休憩の後はとりあえず大浴場で汗を流すことにする。ナトリウム-カルシウム塩化物の弱アルカリ泉というのがここの泉質。特に強い湯ではないが入りやすい。

 

 当初の予定では奈良県立美術館で開催中の藤城清治展を見学に行くつもりだったのだが、しんどくてその気にならない。結局は展覧会は明日に回すことにして、5時前まで部屋でグダグダと過ごす。

 

 ホテルを再び出たのは5時前。バスで奈良県文化会館を目指す。今日はムジークフェストなら2016の一環でフランス国立リヨン管弦楽団の演奏会がある。そもそも奈良までわざわざ来たのはこのため。到着したホールは既に観客でごった返している。


フランス国立リヨン管弦楽団

 

レナード・スラットキン(指揮)

 

ベートーヴェン/エグモントより序曲

ラヴェル/スペイン狂詩曲

ラヴェル/ダフニスとクロエ組曲2番

ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲《展覧会の絵》

 

 一曲目のベートーベンはオケのやや軽めの音色もあって、あまりベートーベンらしくないベートーベンという印象。

 このオケの真価が発揮されるのは二曲目のラヴェルから。ラヴェル特有のキラキラとしたサウンドが繰り広げられ、このオケの特性が遺憾なく発揮されている。CDで聞いた時にはあまり面白い曲に思えなかったこれらの曲が、こうして聴くと実に魅力的に聞こえる。極彩色の音楽世界である。

 一方、ラストのムソルグスキーは予想外に渋い音色で鳴らしてきた。スラットキンの指揮も決して煽ることがなく堂々としたテンポ。しかしそれでいて終盤には段々と音楽が盛り上がってくる。キラキラサウンドで押してくるかと思っていた予想を裏切られて、さらに一段階上のサウンドを聞かされたという印象。さすがだったのは管楽器の抜群の安定性。国内オケのこの曲の演奏では管のソロがヒヤヒヤさせられる場合が多いのだが、そのような不安は微塵も感じさせることがなかった。

 ちなみにアンコールではスラットキンのアレンジの「天国と地獄」。軽妙かつおふざけ満載のサウンドは、ある面でこのオケとスラットキンの真骨頂でもあるような気がした。


 なかなかに密度の濃いコンサートであった。わざわざ奈良くんだりまで出てきた価値ありである。それにしてもこのオケはクラシックからポップスまでいけるオケのようだ。なかなか芸達者である。

 

 コンサートの後は知人に夕食をゴチになり、ホテルに帰ったのは22時過ぎ。さっさと風呂に入ると24時頃にはバタンキューとなる。

  

☆☆☆☆☆

 

 

 この日は爆睡していた。目覚ましが鳴らなかったのか、爆睡しすぎていて聞こえなかったのか、気がついたら朝の9時50分を回っていた。ホテルのチェックアウト時刻は10時である。慌ててバタバタと着替えと荷物の片付けをしてホテルを飛び出す。結局朝風呂はおろか朝食さえ摂ることが出来ずである。これは思わぬ不覚。

 

 ホテルをドタバタと飛び出すと、そのままバスで県立美術館へ移動。しかし何かイベントでもあるのか、バスは幼児連れの客で一杯だし、道路も車で大渋滞。毎度のことながら東大寺前の通りは異常に混雑する。車の流入規制が必要なのは京都だけではないようだ。途中からバスが動かなくなるので現地に到着するのはかなり遅れる。

 

 ようやく到着した美術館の前も大行列で入場規制中。藤城清治大人気である。


「藤城清治展」奈良県立美術館で

  

 藤城清治の初期のスケッチなどから影絵の最新作品までを展示。私が以前に大阪文化館で見た展覧会と内容が被る部分も多々あったが、あちらでは展示されていなかった新作品なども見られた。奈良にちなんだシリーズなどがなかなか良い。


 美術館を後にするとJR奈良までバスで戻る。東行き車線は相変わらずの大渋滞だが、西行き車線は一応は流れている。JR奈良からは大和路快速で大阪に向かう。本当はコンサートの前に昼食を摂りたかったのだが、藤城清治で予想以上に時間を費やしてしまったためにその時間的余裕がない。この日は結局は朝昼抜きである。


山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団

 

ピアノ/河村尚子

 

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30

ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92

 

 今回のラフマニノフは2番でなくて3番。河村のピアノはなかなかの熱演と言っても良い内容でかなりアピールのあるものなのであるが、オケと丁々発止の掛け合いという雰囲気にならず、オケの方が伴奏に徹してしまったような雰囲気がある。

 ベートーベンに関しては山田がいろいろと仕掛けているのはよく分かる。テンポはかなりダイナミックに振り、中盤はゆったりと終盤にかけてまくってくるという演奏。オケの方も以前の日フィルと違って山田の意図に追随しており、最後のまくりなんかもしっかりとついて行っている。ただ惜しむらくは、このオケの音色自体がそもそも陽性のものであるためか、抑えてきた部分で緊張感が持続しないきらいが見られた。テンポを抑えたところでピンと張りつめた緊張感を出せれば、終盤に向けての煽りが効果を上げたのにというのがやや残念。


 山田和樹の指揮はかなりオケを選ぶなという印象を受けた。一流のオケならそれなりの効果を上げるが、恐らく三流のオケなら空中分解するだろう。バーミンガム市響については残念ながら一流半というところか。

 

 これでこの週末の全予定が終了。帰宅することに相成ったのである。それにしても意外に消耗してしまったのは計算外。どうも体力が落ちている。

 

 

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