西国編

 

 先の週末、倉敷、笠岡、福山の西国3都市の美術館を訪問してきたので、それを報告する。なお当日は中国地区は梅雨前線による局地的豪雨で大雨洪水警報発令中というとんでもない気象条件の中であったのだが、なぜか私の行く先々は、雨は降っているもののそれほど激しいところはなかったのだが・・・。

 なお移動はJRの在来線を使用した。理由は単に「金がないから」(笑)。新幹線は料金が異常に高すぎるし、高速バスは適当な便がない。選択肢は必然的にこれしかなかったというわけである。おかげでかなり長時間を電車に揺られる羽目になり、翌日には尻の痛みが発生したのだが、これは後日談である。

  出発は早朝。まずは第一目的地である倉敷に向かう。在来線を乗り継ぎ倉敷に到着すると、雨の中を商店街のアーケードをくぐりながら、美観地区まで歩く。曲がりくねった道に途中で方向を見失うが、道を尋ねながらなんとか到着する。


大原美術館(倉敷市)

 大原美術館はその名の通り、事業家である大原孫三郎が画家である児島虎次郎の勧めで蒐集したコレクションを元にした美術館である。収蔵品は西洋絵画から、日本の近代絵画、陶器等の東洋美術など実に幅広い。

 倉敷が観光地化すると共に、この美術館も観光地化してしまい、団体客などが騒がしくてゆっくりと絵を鑑賞できる雰囲気ではないと、この美術館については芳しくない評判も事前に聞いていた。ただこの日は大雨洪水警報発令下という特殊条件もあり、週末にもかかわらず倉敷全体がガラガラの状態で、幸運にもゆっくりと絵を楽しむことが出来た。

 コレクションの目玉はやはり西洋絵画だろう。この美術館の目玉となっているエル・グレコの「受胎告知」は確かに評判に違わない凄い絵画であると感じられた。ただ個人的にはこれよりも、もう一つの看板となりつつあるセガンティーニの絵画の方に強く惹かれた。実は私はセガンティーニの作品の実物を見るのは初めてだったのだが、ここまでに光にあふれている絵画だとは思いもしなかった。

 ただ、コレクション全体としては玉石混淆と言ったのが正直なところ、非常に感銘を受ける作品もある一方で、首を傾げる作品も多く、全体としての評価は微妙である。なおこの美術館は児島虎次郎の作品も特徴の一つとなっているが、彼の作品については技術力の確かさは感じるものの、個性の薄さが最大の弱点になっているという印象を受けた。


倉敷市立美術館(倉敷市)

 市民ホールといった趣がある美術館。私が訪問した時は「池田遙邨・道夫 青塔社50年記念展」という展示を行っていたが、入場料は無料であった。

 両氏の絵画については、正直なところ、平凡という印象しか受けなかった。取り立てて唸らせられるほどの技術も着想も感じず、特別な感銘は受けない。特に息子である道夫氏の作品は、父の遙邨氏に比べて、技術的にもさらに一段低い印象であり、より面白くなかったというのが本音。


 雨の中、倉敷の美観地区を後にすると、駅前で冷麺をかき込み、次の目的地である笠岡を目指す。しかしこの時点で、広島地区での豪雨の影響で、JRのダイヤは滅茶苦茶になっており、次の列車がいつ来るか分からない状態。結局は倉敷駅で20分近く待たされることになる。ようやく到着した笠岡は典型的な地方都市といったイメージ、ここからタクシーで次の目的地に向かう。


笠岡市立竹喬美術館(笠岡市)

 この地域にゆかりのある(生地であるらしい)日本画の大家・小野竹喬の作品を集めた美術館である。竹喬の作品を展示した本館と、特別展なども行われる新館から構成されている。笠岡市の自治体としての規模を考えると、かなり力の入った施設であることを感じさせるのだが、駅前をはずれた市街地の中に忽然と建っているという立地の悪さには疑問を感じずにはいられない(しかもバスの便がほとんどないという悪条件)。

 私が訪問した時には、竹喬の祖父である白神澹庵とそのゆかりの画家達の特別展が開催されていた。白神澹庵は幕末から維新にかけての日本画家だが、今までほとんど無名な存在であったのが、竹喬が晩年に祖父の作品を精力的に収集し始めたことで注目を浴びることになったという。彼は浦上玉堂の子である浦上春琴の教えを受けていたとのことで、それが浦上玉堂を尊敬していたという竹喬が、晩年になって祖父の存在を見直した理由ではないかとのこと。

 もっともシャープで精緻な印象の春琴の絵画に比較すると、ソフトでおおらかな筆致の白神澹庵の作品は、平凡であるという印象を拭えず、個人的にはあまり凄い作品とは感じなかった。やはり「竹喬の祖父」というだけの存在か。なお本館収蔵の竹喬の作品はなかなかに面白く。竹喬の絵画に興味がある者なら、一度は訪れて見ても良いだろうとは考える。


 再びタクシーで笠岡駅に到着した時には午後3時、天候も悪いしこのまま帰ろうかとも思ったのだが、駅員に聞いたところ、下り列車がまもなく到着するとのこと(上り列車はまだ15分ほどかかる)で、ここでさらにもう1ヶ所足を伸ばすことを急遽決定する。


ふくやま美術館(福山市)

 福山城を望む公園に存在する美術館。この地域はふくやま文化ゾーンとなっており、福山城博物館、ふくやま文学館、広島県立歴史博物館などの施設も存在する。美術館はやや奥の庭園に隣接して建っており、落ち着いたたたずまいを見せている。建物内部もゆったりとしており、かなり贅沢な作りであると感じさせる。

 私の来訪時はちょうど企画展の端境期であり、所蔵品展のみが開催されていた。コレクターである安田博志氏によって寄贈されたという安田コレクションと、館蔵品の中から「海と空の色のはなし」というテーマに沿っての展示の二部構成になっていた。安田コレクションの方については、各画家のカタログのような印象で、なかなかに面白かったのだが、二部の館蔵品の方については、どこの地方美術館でもあるようなありきたりの現代アートが大半であり、珍しさも面白さもほとんどなかったのが正直なところ(現代アートは各作家が目一杯自分の個性を出そうとしているのだが、総体としての現代アートは結局似通った作品ばかりになるのは、なぜだろう)。


 この後は同じ公園内にある広島県立歴史博物館をのぞいたのだが、ここが中世の集落の遺跡を建物内に復元していたりなど、なかなかに気合いの入った展示であり、考古学マニアにはかなり楽しめそうな内容であり、時間不足のために駆け足でしか回れなかったのが勿体なかった。機会があれば、ゆっくりと時間をかけて回りたいと思わせる施設であった。

 ここでようやく帰路につく、しかし帰路のJRのダイヤはズタズタで、快速などは運休しているため、普通に乗っての帰宅である(このために、翌日には尻が痛くなったわけだ)。金の心配をせずに贅沢に新幹線を利用できるような身分になってみたいと、つくづく思わずにはいられなかった。

 今回訪れたのはいずれも地方の美術館であり、規模などの点では大都市のものには遠く及ばないが、ローカル色豊かなコレクションが特色をなしていた。ただ再び足を運ばせるだけの魅力があるかと言えば、それはかなりしんどいところである。大規模な企画展で集客を図れる都会の美術館に対し、地方の美術館は生き残り戦略は大変であろうということを感じずにはいられなかった。

 

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